「何かが色あせていくときの美しさでしょうか」
「むしろ憂いに満ちているところが、ひとの心に届きやすい」

ソリスト青柳晋さんに聞く
(2011年9月18日 第28回定期演奏会プログラムより)

 

ピアノを始めたころのことを話してくださいますか。

 まだ4歳になる前でした。5つ年上の姉が始めたばかりのピアノを練習しているのを、横でじいっと見ていて、「ぼくが弾く」といって横取りしてしまったんです。商社に勤めていた父の赴任先、アメリカ、テキサス州のダラスに住んでいたときのことです。両親とも音楽の専門家ではありませんが、ことに母は音楽が好きで、父と結婚する時、「ピアノを買ってね」と約束したそうです。それでうちにはピアノがあったんです。
 レッスンも受けないのに、すぐに姉を追い越してしまって、姉はピアノをやめてしまい、ヴァイオリンに転向しました。
 ピアノは本当に楽しかった。ずっと弾いていくんだと思いました。レッスンにも喜んで通いました。ダラスでは、けっこう評判になって、ちやほやされました。テレビ局が取材に来たり、ダラス交響楽団と、リハーサルだけですけれど、協奏曲を弾かせてもらったり。そのころ好きだったのは、モーツァルトの「戴冠式」ですね。コンサートでオーケストラと初めて協演したのは、9歳の時、ダラスの近くのフォートワースという町の交響楽団と、バッハのコンチェルトでした。
 それから、幼い頃はショパンが好きでしたね。自分で弾くことはもちろん、ルビンシュタインの弾いたバラードのLPレコードを何度も聴いていました。

 
そのまま、ピアニストへの道を歩んだということでしょうか。

 親は、音楽で身を立てるのは難しいだろうと思っていて、ほかの仕事を選ぶように勧めました。あなたは記憶力が良くて、難しい医学書なんかもすぐ覚えてしまうだろうから、医者になればいいとか。物怖じしないから、アナウンサーになったらいいのにと言っていました。なぜか母はNHKのアナウンサーにそこはかとない憧れを持っていたんです。でもぼくは、ピアニストになる、というより、小学校から中学のころには、自分はもうすでにピアニストだと思い込んでいました。中学1年くらいまでが、一生のうちでいちばん自信がありましたね。その後、世の中に素晴らしいピアニストがたくさんいることを知ってからは、自信はあまりなくなりましたけれど。

 
ピアノ以外の楽器も、なさるのでしょうか。

 なぜピアノが好きかというような理屈を考えたことはありませんけれど、ともかくピアノは大好きです。でも今は、ヴァイオリンにすごく憧れているんですよ。ヴァイオリンが弾けたのならば、シベリウスの協奏曲をぜひ弾いてみたい。あと、大阪の茨木市の中学にいた時、ブラスバンドでトロンボーンを吹いていました。2つ上の先輩が、ほんとにきれいな音を出すんです。でもぼくが吹くと、マウスピースからどうしてもノイズが出てしまう。先輩よりいい音が出せたら、と思いましたが、できないので、トロンボーンはあきらめました。
 中学2年の時は、ブラスバンドの指揮者もしていたんですよ。(身振りをして)こんな格好でしたけど。
 こう見えて、人前に出るのがものすごく恥ずかしいんです。でも、ピアノは十全な楽器です。ひとつだけで完結していて、よく孤独な楽器っていわれます。それがいいんですね。

 
今回弾かれる、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のことを……。

 この曲は、誰もが知っている「the ピアノコンチェルト」ですよね。でも、なぜかこれまで、ぼくにはあまりご縁がなかった。2年前、40歳を超えてから初めて演奏を依頼されたんです。たまたま準備期間が2週間ほどしかなかったので、大あわてで暗譜しました。もちろん、弾いたことがなくても、曲自体は、全部の音を知っていましたけど。その後、今年の春に演奏する機会があって、今回が3度目です。とってもまだ、付き合いが浅い。ラフマニノフは大好きな作曲家で、「パガニーニの主題による変奏曲」などは今までにもう20回以上も弾いているのに、不思議なことですね。
 この協奏曲の魅力をひとくちに言うと、何かが色あせていくときの美しさでしょうか。(楽譜を取り出して)第1楽章の再現部のあと、主題をピアノがソロで引き継ぐところなど、こうした後期ロマン派の精神を体現しています。練習番号11、メノ・モッソ(それまでよりゆっくり)の箇所です。
 漢字一文字で表すと、憂鬱の「鬱」です。今ある状況を打破して上へ行きたいんだけれども、どうしても願いがかなわない。それで、力尽きてしまう。あきらめの気持。それが、この曲の核じゃないですかね。第3楽章の最後は、輝かしく終わりますけれど、むしろ憂いに満ちているところが、ひとの心に届きやすい。はかない。満開の花も、あとは花びらが落ちて行くだけ。そんな、やりきれない美しさです。
 ラフマニノフ自身も、非常に躁鬱の激しいひとで、最高も最低も知っている。大スターとしてもてはやされたかと思えば、何もできなくなって医者通いをする。生涯に大きな浮き沈みの幅を体験しています。自分は別に暗い人間だとは思いませんけれど、その下の方に自己投影しやすいですね。落ち込んだ時には、たとえばチャイコフスキーの「悲愴」を聴きたくなりますから。

 
青柳さんにとって、音楽とはなんでしょうか。

 難しい質問ですね。幼い頃は、ピアノを弾くことに何の疑いも持たなかった。その後、いろいろなことをした中で、唯一、長続きしたのが音楽かもしれません。水泳も大好きで、チームに入ってたくさん練習したこともあります。オリンピック選手にはなれなかったでしょうけどね。今も、海で泳ぐのが好きで、この間も宮古島へ出かけて、台風の来る合間を縫って、島内の5か所でシュノーケリングを楽しんできました。宮古島の海の美しさは、これまで経験した中で最高でした。
 本来は浮気性だと思うんです。いろいろなことに興味があって、何でもしてみたい。アウトドアのスポーツはずいぶん経験しました。パラグライダーにも挑戦したし、熱気球にも乗った。それから、ラフティングも。ゴムボートの筏に乗って、激流を下るスポーツですね。北海道の空知川の上流で体験したのですが、身体が水に濡れるなんてもんじゃない。水中に2秒間近く潜ってしまうこともあるんです。このラフティングを、次はヒマラヤでやってみたいですね。あと、まだ未経験なのが、スカイダイビング。ブロカートとのコンサートが終わるまでは、お預けにしておきますけど。

 
2回、練習で合わせてみて、ブロカートフィルの印象はいかがですか。

 たいへんまじめなオーケストラですね。アマチュアオーケストラとして、レベルが高いと思います。アマチュアの活動では、練習時間などに制約があるのは仕方がないことでしょうけれど、その中で、統一感を求めていらっしゃると感じました。次は、このオーケストラにしかないような、色気というか、味が加わればいいなと思います。

 
ところで、あんなにたくさんの音符を、なぜ憶えられるのでしょうか。

 日本人なら誰でも、桃太郎さんのお話を、ほとんど一語一句間違いなく言えるでしょう。「おばあさんとおじいさんがいました」って言ったら、もう変でしょう。お話を憶えるのと一緒ですよ。
 ただ、憶えるに当たって、調性の持つ色合いというか、イメージというのも関わっているかもしれません。
 例えば、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番でしたら、第1楽章はハ短調ですね。この調は、深紅、深い紅を思わせます。ベートーヴェンの「運命」、同じくベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴」やピアノソナタ第32番とも共通していて、どっしりとした感じです。可愛らしい曲をハ短調で書くひとはいないんです。
 同じフラット3つでも、変ホ長調は、輝かしくてロワイヤルな感じ。曲がそういう感じで叫んでいるんです。「英雄」やモーツァルトの交響曲第39番がそうですね。ニ短調は、神聖で神性を帯びている。モーツァルトの「レクイエム」や、ピアノ協奏曲第20番、フォーレの「レクイエム」がこの調です。シベリウスのヴァイオリン協奏曲もそう。バッハのシャコンヌ、ブラームスのピアノ協奏曲第1番もニ短調ですね。
 それに対して、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の第2楽章は、シャープが4つのホ長調。この調はオレンジ色を感じます。日が傾いてきて、赤みがかってくる。昔、半ズボンをはいて外を元気に走り回っていたのに、お母さんがまな板で野菜を刻む音が聞こえてきて、ああもう夕方なんだ、もううちに帰らなきゃいけない。そう思うと、胸がキュンとなります。そんな感じ。変ホ長調と半音しか違わないのに、温かいんです。

 
ピアノをやめてしまおう、と思われたことはないんでしょうか。

 コンクールに落選したあとで、疲れていたのでしょう。ピアノの蓋を開けたら吐き気がした。咄嗟に下着だけカバンに詰め込んで空港へ出かけました。ベルリンに住んでいた25歳のころです。空港に着いて、発着表示のいちばん上に出ている行き先の切符を買いました。イスタンブールでした。その時は、もうそのまま、異国の地で死のうぐらいの感じでした。あるイスラム寺院の礼拝堂でぼんやりしていると、日本人のカップルが話しかけてきました。今晩泊まるところが決まっていないなら、自分たちのホテルへ来ないかという。ついて行くと、かつて六本木でクリーニング店を開いていたという、日本語ペラペラのトルコ人の経営するホテルでした。そこでみんなと仲良くなって、どういうわけか、インターコンチネンタルホテルのバーで、小さなコンサートを開くことになった。それが本当に楽しかった。
 そのとき、こう思いました。賞を取れなくたって、有名にならなくたって、いいじゃないか。肩の力を抜いて、こどものときのように「ピアノ、好き!」っていう原点にまた立ち帰ればいい。それで立ち直ったんですね。

 
(聞き手 鈴木 克巳)

 

青柳晋
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ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/