「何かが色あせていくときの美しさでしょうか」 ソリスト青柳晋さんに聞く
|
ピアノを始めたころのことを話してくださいますか。 |
まだ4歳になる前でした。5つ年上の姉が始めたばかりのピアノを練習しているのを、横でじいっと見ていて、「ぼくが弾く」といって横取りしてしまったんです。商社に勤めていた父の赴任先、アメリカ、テキサス州のダラスに住んでいたときのことです。両親とも音楽の専門家ではありませんが、ことに母は音楽が好きで、父と結婚する時、「ピアノを買ってね」と約束したそうです。それでうちにはピアノがあったんです。 |
そのまま、ピアニストへの道を歩んだということでしょうか。 |
親は、音楽で身を立てるのは難しいだろうと思っていて、ほかの仕事を選ぶように勧めました。あなたは記憶力が良くて、難しい医学書なんかもすぐ覚えてしまうだろうから、医者になればいいとか。物怖じしないから、アナウンサーになったらいいのにと言っていました。なぜか母はNHKのアナウンサーにそこはかとない憧れを持っていたんです。でもぼくは、ピアニストになる、というより、小学校から中学のころには、自分はもうすでにピアニストだと思い込んでいました。中学1年くらいまでが、一生のうちでいちばん自信がありましたね。その後、世の中に素晴らしいピアニストがたくさんいることを知ってからは、自信はあまりなくなりましたけれど。 |
ピアノ以外の楽器も、なさるのでしょうか。 |
なぜピアノが好きかというような理屈を考えたことはありませんけれど、ともかくピアノは大好きです。でも今は、ヴァイオリンにすごく憧れているんですよ。ヴァイオリンが弾けたのならば、シベリウスの協奏曲をぜひ弾いてみたい。あと、大阪の茨木市の中学にいた時、ブラスバンドでトロンボーンを吹いていました。2つ上の先輩が、ほんとにきれいな音を出すんです。でもぼくが吹くと、マウスピースからどうしてもノイズが出てしまう。先輩よりいい音が出せたら、と思いましたが、できないので、トロンボーンはあきらめました。 |
今回弾かれる、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のことを……。 |
この曲は、誰もが知っている「the ピアノコンチェルト」ですよね。でも、なぜかこれまで、ぼくにはあまりご縁がなかった。2年前、40歳を超えてから初めて演奏を依頼されたんです。たまたま準備期間が2週間ほどしかなかったので、大あわてで暗譜しました。もちろん、弾いたことがなくても、曲自体は、全部の音を知っていましたけど。その後、今年の春に演奏する機会があって、今回が3度目です。とってもまだ、付き合いが浅い。ラフマニノフは大好きな作曲家で、「パガニーニの主題による変奏曲」などは今までにもう20回以上も弾いているのに、不思議なことですね。 |
青柳さんにとって、音楽とはなんでしょうか。 |
難しい質問ですね。幼い頃は、ピアノを弾くことに何の疑いも持たなかった。その後、いろいろなことをした中で、唯一、長続きしたのが音楽かもしれません。水泳も大好きで、チームに入ってたくさん練習したこともあります。オリンピック選手にはなれなかったでしょうけどね。今も、海で泳ぐのが好きで、この間も宮古島へ出かけて、台風の来る合間を縫って、島内の5か所でシュノーケリングを楽しんできました。宮古島の海の美しさは、これまで経験した中で最高でした。 |
2回、練習で合わせてみて、ブロカートフィルの印象はいかがですか。 |
たいへんまじめなオーケストラですね。アマチュアオーケストラとして、レベルが高いと思います。アマチュアの活動では、練習時間などに制約があるのは仕方がないことでしょうけれど、その中で、統一感を求めていらっしゃると感じました。次は、このオーケストラにしかないような、色気というか、味が加わればいいなと思います。 |
ところで、あんなにたくさんの音符を、なぜ憶えられるのでしょうか。 |
日本人なら誰でも、桃太郎さんのお話を、ほとんど一語一句間違いなく言えるでしょう。「おばあさんとおじいさんがいました」って言ったら、もう変でしょう。お話を憶えるのと一緒ですよ。 |
ピアノをやめてしまおう、と思われたことはないんでしょうか。 |
コンクールに落選したあとで、疲れていたのでしょう。ピアノの蓋を開けたら吐き気がした。咄嗟に下着だけカバンに詰め込んで空港へ出かけました。ベルリンに住んでいた25歳のころです。空港に着いて、発着表示のいちばん上に出ている行き先の切符を買いました。イスタンブールでした。その時は、もうそのまま、異国の地で死のうぐらいの感じでした。あるイスラム寺院の礼拝堂でぼんやりしていると、日本人のカップルが話しかけてきました。今晩泊まるところが決まっていないなら、自分たちのホテルへ来ないかという。ついて行くと、かつて六本木でクリーニング店を開いていたという、日本語ペラペラのトルコ人の経営するホテルでした。そこでみんなと仲良くなって、どういうわけか、インターコンチネンタルホテルのバーで、小さなコンサートを開くことになった。それが本当に楽しかった。 |
(聞き手 鈴木 克巳) |
このサイトはフレームで構成されております。画面左端にメニューが表示されない場合は、下記リンクよりTopページへお越しください。 ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/ |