「ドイツ以前はA面、ドイツ以後はB面」

吉川武典さんに聞く
(2012年9月23日 第30回記念定期演奏会プログラムより)

 

なぜトロンボーンを始めたのでしょう。

 母から聞いた話だと、小学校に上がったばかりのころ、ちょっとだけピアノを習ったことがあるそうです。でもすぐに飽きて止めてしまいました。音楽とのかかわり合いは、5年生のときに布施明の「シクラメンのかほり」や映画音楽のレコードを買ってもらったことくらいでしょうか。中学校に入学して、クラブ活動の新入生歓迎演奏会の日のことです。ぼくは小学校と同じくバスケットボール部に入るつもりでいました。ところが、友だちの一人が、「ブラバンを見に行こう」という。ブラバンという言葉も、吹奏楽という言葉も知りませんでした。
 音楽室で、「宇宙戦艦ヤマト」を聴いて、とにかくびっくりしました。自分とほとんど年の違わない子どもたちが、すごいことをしていると。でも、自分には楽器を吹くなんて到底無理だと思いました。演奏が終わったので帰ろうとしましたが、出口が封鎖されています。瞬く間に上級生の女の子たちに囲まれて、気がついたらクラリネットを持たされていました。もちろん音なんか出ません。そのうち、キャーという変な音が出ると、「うまいわね。そんなに高い音はなかなか出せないのよ」と誉めてくれる。その女の子たちが怖かったからというわけではありませんが、それから毎日、放課後に音楽室に通って、クラリネットを吹きました。ところが、5日目、別の先輩がやってきて、クラリネットは人が足りたし、お前は男だし身体が大きいから、こっちを吹いてみろという。手渡されたのが、使い古されたぼろぼろのトロンボーンでした。
 トロンボーンには、右手で動かすスライドのポジションが7つあると教えられました。ひとつのポジションでいろいろな音を出すなんて、もちろん知りませんから、7つ憶えればいいのなら、指をたくさん使うクラリネットよりやさしそうだと思いました。その日から数えて35年、トロンボーンをずっと吹いています。

 
この楽器のどこがお好きなのですか。

 トロンボーンは、管楽器の中では唯一、弦楽器と同じように音の高さを連続して変えるグリッサンドができるのが魅力のひとつです。でも、指を動かせば音程が変わるヴァイオリンやフルートとちがって、腕を伸ばしたり縮めたりしなくてはならないので、ある程度以上の速い動きは苦手ですね。その代わりに、和音がぴたりと合ったときの気持ちよさは、たとえようもありません。
 吹奏楽に熱中しすぎて勉強の方がお留守になっている、と親に小言をいわれるほど、一生懸命練習しました。1年生のとき、コンクールで、よその中学が演奏した「フィンランディア」を聴いて、かっこいいと思いました。さっそく買ってもらったLPレコードには、ほかに「カレリア組曲」なども入っていて、シベリウスが大好きになりました。そのうち、指揮者によって演奏が違うことを知り、同じ曲のレコードをいくつも集めるようになりました。シベリウスの交響曲第2番、第1番。それからチャイコフスキーやブラームス、マーラーの交響曲、「展覧会の絵」。「悲愴」なんか、10種類以上持っていましたね。「クラシックの名曲名盤」といった本も読みあさりましたし、フルトヴェングラーにも感心しました。いくつも聴いたということは、今にして思えば、自分のめざす表現にぴったり合う演奏を求めていたということなのでしょう。そのころ買ったマーラーの「巨人」のスコアには、ここはこう演奏するという自分なりの指示がいくつか書き込んであったりします。もっとも、当時は、テンポが遅いほうが名演だと思い込んでいたんですが……。

 
プロの奏者をめざしたきっかけは?

 生のオーケストラは、日本フィルを高松市民会館で聴いたのが初めての経験です。「モルダウ」の中間部、「月の光と水の精の踊り」の、ヴァイオリンのハーモニーの澄みきった美しさに魅せられました。中学3年生のある日、吹奏楽部の顧問の先生に呼び出しを受けました。おそるおそる職員室を訪ねると、「吉川君はトロンボーンを熱心にしよるけん、高松第一高校の音楽科を受けてみたらどうな」といわれました。自分をそんなふうに見ていてくれたことがうれしかったし、ほかの勉強もあまり得意ではなかったので、音楽科に進むことにしました。
 進学のために教わったトロンボーンの先生は、素晴らしいかたでした。大きい音も高い音も確実に出すし、音色は艶っぽくて、自由闊達でした。そして入学した高松第一高校の音楽科は発足してまだ3年目、金管楽器ではぼくが初めての生徒でした。
 東京藝大に進み、2年生になって、オーケストラの中で吹くことを初めて体験しました。でも吹奏楽とはバランスの取り方が違うので、どう音を出したらいいのか、さっぱりわかりませんでした。ところが2年生のときに受けた管打楽器コンクールに入賞したため、日本フィルがエキストラとして呼んでくれたんです。それからの1年間は、ずいぶんたくさん日本フィルで演奏しました。演奏旅行にも参加しました。実際に演奏をする中で、先輩の奏者たちから、いろいろなことを教えてもらいました。
 大学3年生の暮れに、新日本フィルのオーディションを受けました。そのときは次点だったのですが、たまたま空きができたために、4年生の春に団員として採用されました。藝大の学生としての身分はそのままで、5年かかって卒業しました。その後、1991年にNHK交響楽団へ移籍して、今に至っています。

 
もうやめようと思ったことはないのでしょうか。

 トロンボーンをやめようと思ったことはありませんが、うまく吹けなくて苦しんだことはあります。N響に入って数年したころ、自分の思ったように吹けなくて落ち込み、どうしていいかわからなくなりました。
 そのころベルリンへ勉強に行く機会を得ました。もっと前から計画をしてはいたのですが、たまたまタイミングが合わなくて、実現したときにはもう31歳になっていました。ベルリン・フィルの首席奏者だったヴォルフラム・アルントさんに師事しました。彼にまず教えられたのは、基礎練習のパターンでした。低い音からロングトーンを始めて、唇の当たる位置をきちんと合わせたり、リップスラーをしたり……。振り返れば、中学のときにトロンボーンを手にして以来、練習曲はたくさんさらってきましたけれど、基礎練習は我流でした。先生についてきちんと習ったことはなかったのです。アルントさんのご指導はたいへんありがたかったです。以後、自分の演奏の自由度が増し、安定感が向上したと思います。
 ドイツでは、まったく違う価値観に触れました。スーパーのレジ係の仕事の仕方ひとつをとってみても、日本とはまったく違います。日本では、行列ができていれば、後ろの人のために、レジの人は少しでも早く仕事をこなそうとしますけれど、ドイツではすいているときと同じように、いま応対している人に対して確実にレジを打とうとします。それに日本と違って、電車が遅れても車掌さんが「申し訳ありません」と謝ったりはしません。要するに個人主義が徹底しているんです。また、それまではN響がとてつもなく大きい存在として自分の頭の上にのしかかっていたのですが、ベルリン・フィルやウィーン・フィルなどに接することによって、N響をもっと客観的に眺めることができるようになりました。そして、自分の道を歩きたいように歩こう、自分の人生を自分のために生きればいいと思うようになりました。ぼくのトロンボーン人生で、ドイツ以前はA面、ドイツ以後はB面なのですね。

 
ブロカートフィルを指揮するようになったのは……。

 当時ブロカートフィルの団長を務めていた高校時代の友だちが、ベルリンへ訪ねてきました。それが縁で、帰国後、1998年からブロカートフィルの金管楽器の指導をするようになります。オーケストラ全体の指揮を始めたのは2003年ですから、まもなく10年になりますね。それまでは、いくつものアマチュアオーケストラのトレーナーをしていましたけれど、この10年はブロカートだけに専念しています。かつて、いろいろな指揮者のレコードを聴きあさっていたのは、自分自身の表現を求めていたからだと思います。ですから、指揮に興味はあったのですけれど、実は職業的な指揮者になりたいという気持ちはないのです。プロのトロンボーン奏者として演奏をするとき、指揮の経験があるとないとでは、ずいぶん違います。いつもは後ろ姿を眺めている弦楽器や木管楽器に正面から向かうことになる。指揮をすることで、オーケストラへの理解がそれまでよりもはるかに深くなったのではないかと思っています。以前よりも解像度が高くなったともいえるでしょう。でも、指揮者って孤独なものだなあと、あらためて感じます。
 ブロカートフィルは、10年前と比べてずいぶん変わりました。それは、団員のみなさんも、トレーナーの先生方も、みんなが、「もっといい演奏をしたい。変わりたい」という望みをずっと持ち続けてきたからでしょう。ぼくを信頼してくださっていることには、心から感謝しています。

 
ところで、「うどん県」香川のご出身でしたね。

 体が弱っているとき、お医者さんが「まあ、うどんでも食べておいてください」というでしょう。うどんは、人にやさしい食べ物なんです。原料は粉と水と塩だけと、これ以上ないほどシンプルなものですけれど、讃岐で食べるうどんは、よそとは際立って違います。うどん、いい文化だと思います。

 
(聞き手 鈴木 克巳)

 

吉川武典
吉川武典
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ブロカートフィルハーモニー管弦楽団 http://www.brokat.jp/