イギリスの国民的大作曲家エドワード・エルガー(1857−1934)が 1898 年に作曲した 代表作のひとつ。妻のアリスを喜ばせようと、友人たちの特徴を捉えて肖像画を描くように旋 律を変奏させ、それぞれの変奏曲にイニシャルを付けた。エニグマはギリシャ語で「謎解き」
という意味があるが、「どの曲が誰なのか?」、作品発表当時は皆がこの楽しい謎解きに夢中 になったことだろう。また、作曲家自身が語る「主題とは別の、作品中に現われない謎の主 題」は、いまだに解けておらず、「謎」にふさわしい作品となっている。では、趣深いテーマ のあとに登場する14 人をご紹介しよう。
1. C.A.E.(キャロライン・アリス・エルガー)エルガーの愛妻。出会ったばかりのアリスの印 象。メランコリックで情熱的な曲調に、恋に落ちた作曲家のせつない心情を垣間見るようだ。
2. H.D.S-P.(ヒュー・デイヴィッド・ステュアート=パウエル)エルガーとよく室内楽を演奏したピアニスト。彼のウォー
ミングアップを真似している。まさに腕自慢の指ならし!
3. R.B.T.(リチャード・バクスター・タウンゼンド)アマチュア劇団で個性的な役を務める俳優。低い声から高い声ま で自在に声色を変えることが得意。
4. W.M.B.(ウィリアム・ミース・ベイカー)ワーグナー好きの軍人。軍隊調の大声で喋り、威圧的で横柄な態度を 取ることが多かった。「彼がドアを開けて出て行くところにそっくりだわ!」。
5. R.P.A.(リチャード・P・アーノルド)大詩人マシュー・アーノルドの息子でピアニスト。真面目な会話の間にユー モラスな話を織り交ぜる癖がある。
6. Ysobel(イソベル)エルガーの弟子。ヴァイオリンの生徒だったが、ありふれているという理由でヴィオラに転向し た。冒頭の旋律はエルガー先生が彼女に課した練習曲。
7. Troyte(トロイト)建築家。ピアノが好きでエルガーに習うが、なかなか上手くいかず癇癪を起こし、最後は大 喧嘩になってしまう。
8. W.N.(ウィニフレッド・ノーベリー)ウースター・フィルハーモニーの事務員。彼女の明るくのんびりとした性格を 表した優しい曲。
9. Nimrod(ニムロッド)楽譜出版社に勤めるアウグスト・イェーガーの愛称。作曲家として悩むエルガーに、難聴 で苦しんだベートーヴェンと、そのピアノソナタ「悲愴」について語り、スランプから救った。ピアノソナタ第 2 楽章の 響きをもとにした荘厳な音楽。「君の清く正しく愛すべく誠実な魂を描いた」。
10. Dorabella(ドラベッラ)きれいなドラ。エルガー夫妻が可愛がった近所に住む少女、ドーラ・ペニーの愛称。
11. G.R.S.(ジョージ・ロバートソン・シンクレア)オルガニスト。彼の愛犬ブルドッグのダンは、ある日、散歩の途中 でワイ に落ちてしまう! ダンは流れに逆らって必死に泳ぎ、やっとのことで岸にたどり着くことができた!
12. B.G.N.(ベイジル・G・ネヴィンソン)著名なチェリスト。エルガーとパウエル(第2変奏)とはトリオを組んで演 奏していた。チェロのソロによる滋味深い旋律は、後年作曲されたチェロ協奏曲を思い起こさせる。
13. * * * 謎の人物。何人かの女性が候補にあがっているが、明らかになっていない。エルガーはたいへんな愛妻家
といわれているけれど、愛したのは妻だけではなかった? この変奏曲に、しかもロマンツァなんて題名を付けて、し かもこの順番で謎の女性を持ってくるなんて......。でも、忘れがたい、秘めた想いは誰の心の中にも残っているのかも。
14. E.D.U(. エドゥー)作曲家自身。エドゥーはアリス夫人がエルガーを呼ぶときの愛称。アリス(第1変奏)とニムロッ
ド(第 9 変奏)が再び現れるのは、二人への深い感謝の印だろう。愛と友情と自信に満ちたフィナーレは、フルオー ケストラの響きとともに壮大に締めくくられる。
(ホルン 吉川 深雪)
編成:フルート 2(ピッコロ持ち替え 1)、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、コントラファゴット 1、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テュー バ 1、ティンパニ 1、シンバル 1、トライアングル 1、バスドラム 1、スネアドラム 1、弦楽5部。
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