*フランク 交響曲ニ短調 (2018年2月4日 第40回定期演奏会プログラムより)

「交響曲」はクラシック音楽の代表的なジャンルだが、19世紀のフランスではあまり重要視されていなかった。人々はバレエやオペラといった娯楽性の強い芸術を求め、作曲家たちもそれに応じた。軽快で華やかで自由な作風を好む傾向もあり、形式張って重苦しい交響曲は歓迎されなかったのである。しかし、フランスの器楽音楽の発展において、このフランク(1822–1890)の交響曲ニ短調は、ひときわ光を放っている。
 フランクはベルギーの古都リエージュで生まれた。小さいころからピアノ演奏に類い希なる才能を見せ、13歳のときにパリに移住して音楽を学び、パリの教会で職に就き、フランス国籍も取得した。フランクの父は、一家の富と栄誉のために息子がスターピアニストとなることを切望していたが、彼がもっとも惹かれたのは作曲で、教会のオルガニストや音楽教師の報酬で生活を支えながら曲を作り続けた。教会でオルガンを弾くことは、作曲家フランクに大きな力を与えている。ひとつは即興演奏である。当時の礼拝では、聖歌独唱の伴奏をしたあと、その曲想を発展させながら聖歌隊合唱や神父の説教の合間を即興演奏で繋ぐのがオルガン奏者の務めだった。この役目によって磨かれた感性は、曲を作る上でおおいに役に立ったことだろう。もうひとつはオルガンそのものである。フランクの勤める教会には、オルガン製作者カヴァイエ=コル(1811–1899)の作品が備えられていた。カヴァイエ=コルはフランス国内を中心に500台以上のオルガンを設置し、その技術はのちのオルガン製作現場でも影響力を持ち続けた。2012年に彼の生涯を綴ったドキュメンタリー映画が公開されたほどの人物である。カヴァイエ=コルはフランクのオルガン演奏を信頼し、フランス各地で新設、もしくは改修したオルガンのお披露目の演奏をフランクに任せることが多かった。フランクもカヴァイエ=コルの作るオルガンをこよなく愛していたという。
 オルガン的な響きはフランクの作風のひとつだろう。交響曲ニ短調にもよく現れている。半音階でハーモニーが移り変わること、循環形式を取り入れていることも特徴として挙げられる。循環形式とは、ひとつ、またはいくつかの主題を各楽章で用い、全体の統一感を高める手法である。第1楽章は深い嘆きのような短い主題で始まる。曲が進むにつれ、闘争的になったり、耽美的になったりする中にも主題はしばしば登場し、重厚さを与えている。第2楽章は悲しげな旋律が印象的な緩徐楽章。スケルツォのような中間部を挟んでいることから、形式的には全3楽章だが、内容的には4楽章あると見る考えもある。第3楽章はニ長調の活気溢れる旋律が奏でられ、ときおり嘆きの主題や悲しげな旋律が姿を見せながらも、輝かしく終結する。
 初演時の評判は芳しくなく、陰気だと酷評するものもいた。第2楽章でコールアングレが主役となって旋律を受け持つことに戸惑う人も多かった。その独特すぎる響きは、交響曲にふさわしくないと考えられていたのだ(コールアングレのソロで有名なドヴォルザークの「新世界より」が誕生するのは5年後のことである)。また、循環形式により統制されていることが、機械的で霊感に乏しいと捉えられたのかもしれない。しかし、この統一感こそが、作品を趣深く気高いものにしているように思う。
 初演から2年後、67歳でフランクは人生の幕を閉じる。風邪をこじらせたことによって患った胸膜炎が原因だと考えられているが、オルガニスト、音楽教師としてだけでなく、作曲家として評価されはじめた矢先のことであった。もう少し長生きをして、第2番、第3番の交響曲を残してくれていたらと思うと残念だが、その取り組みは彼の弟子たちや、彼の作品に影響を受けた作曲家たちに引き継がれ、フランス音楽界に純器楽作品の花を咲かせることになるのである。学生時代の習作を除いて、たったひとつの交響曲しか残していない、生粋のフランス人でもないフランクが、「フランスにおける最も重要な交響曲を作曲した」「フランス近代音楽の礎となった」と評されるのは、実に特別なことと言ってよいだろう。
 プログラムの表紙は、フランクが終焉まで勤め上げたサント・クロチルド聖堂の向かいの広場に設置された記念碑である。思慮深そうにオルガンの前にたたずむ作曲家に、天使が極上の祝福を贈っている。初めてこの記念碑の写真を見たときに、静謐な魅力を感じ、描いてみたいと思った。周囲の人から「謙虚で、誠実で、勤勉で、真摯で、善良な」といわれたフランク。その人柄と作品を想いながら、5ヶ月かけて描き上げた。

(ホルン 吉川 深雪)

楽器編成 フルート 2、オーボエ 2、コールアングレ 1、クラリネット 2、バスクラリネット 1、ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 2、コルネット 2、トロンボーン 3、テューバ 1、ティンパニ 1、ハープ 1、弦楽5部。

 

 


 

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